日記・コラム・つぶやき

カップル~手つなぎ派・腕組み派~

 街で見かけるカップルの、歩いている様子も、実にいろいろだなぁ~って思う。

 やはり主流は、手をつないで歩いているカップルや腕を組んで歩いているカップルかなぁと思う。

 あと、普通に並んで歩いているカップルや、彼の服のすそやカバンの紐等を恥ずかしそうに彼女が軽く握って後ろからついて行くみたいなカップル。で、彼がズンズン先へ先へと歩いて行っていて、服のすそやカバンの紐を仲介に、引っ張り合いでもしているのかな~みたいな状態になっていると、犬の散歩で犬が飼い主をグイグイ引っ張ってるみたいな光景に見えたりする。

 世の中いろんなカップルがいて、微笑ましく思ったりするが、しかし、真夏の、それも蒸し蒸し蒸し暑い、めっちゃくちゃ蒸し暑い日の真っ昼間に、ベタベタひっついて歩いているカップルを見てしまうと、より一層、蒸し暑くなってしまう。

 このまえも、めちゃくちゃ蒸し暑い日に街を歩いていると、前方からベタベタひっついて歩いてくるカップルがいた。内心、「こんな蒸しあっつい日に、暑苦しいの~」なんて思っていた。

 でも、すれ違いざまに、チラッと顔見たら、べっぴんさんだったので、ちょっとその彼がうらやましかったかな。

 その瞬間だけは、「この蒸しあっつい日に、暑苦しいの~」なんて気はどこかへ行っていたなぁ。

 男の悲しい性でしょうか?

| | コメント (0)

着地点

 今のところ、ブログをこつこつと更新させてもらっているけれど、このこつこつの先には、どんな着地点があるのだろうか? なんて、ときどき思ったりする。

 で、あるいは、もし、着地点がない場合、どこへ飛んで行ってしまうのか? なんて、これまたときどき思ったりもする。

 とか、言いながら、何となく、このフワフワ感を楽しんでいたりする。

 コメントを投稿下さる皆さま、メールを下さる皆さま、また、どちらも今のところないけれども、ちょこちょこご覧頂いている皆様、いつも本当にありがとうございます。

 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

| | コメント (0)

エビちゃんの話

 エビはエビでも、僕はエビの天ぷらより、エビフライの方が好きですなぁ。同じエビでも、天ぷらだと油っぽく感じて、フライだとそう思わなかったりする。

 私の中で、『エビちゃん』と言えば、海の幸の方のエビちゃんですなぁ。

 近頃、『エビ』と言えば、モデルの『エビちゃん』のことを思い浮かべる人が多いようだけど、たまには、エビ天、甘エビ、エビフライ、とかも思い出したって欲しいなぁと思う。

 大阪の人は、飴を『あめちゃん』、稲荷寿司を『お稲荷さん』、豆を『お豆さん』、芋を『お芋さん』等など、『ちゃん』とか『さん』づけしたがる傾向と言うか文化がある。

 かと言って、エビを『エビちゃん』と言うか? と、言われれば、あまり聞いたことがない。

 じゃあ、『エビさん』は・・・・・・? やはり、あまり聞いたことがない。

 ならば、『エビ様』はどうだろう? やはり、聞いたことがない。が、市川海老蔵のことを思い浮かべてしまうのは私だけだろうか?

| | コメント (0)

会話のキャッチボール

 会話はよくキャッチボールに例えられる。

 キャッチボールは、自分が投げたボールを相手が受け取り、相手がまた自分にボールを投げ返してくれて成り立つ技である。

 会話のキャッチボールは、自分が発した言葉や意見・考え・アイデア等を相手が受け取り、相手がまた自分に何かしらの言葉や意見・考え・アイデア等を投げ返してくれて成り立つ技である。

 最近多いテレビの討論番組的なものでは、意見を言い切らせることなく、途中でいろんな人がとにかく遮って遮って、ごちゃごちゃ言って言って言いまくって、長々と伸びて伸びて伸びまくりみたいなものばかりに思えて仕方がない。

 キャッチボールのボールを、グラブからグラブにたどり着く途中で、横から打ち落としているような光景に見えて仕方がない。

 結局、一人の人が何を言い切りたかったのか分からなかったりする。

 番組上、時間の制約があるのは仕方ないが、それなら、一人何分や何秒と時間を決めて意見をとにかくコンパクトにまとめて言い切らせて、それに対してどう思うこう思うそう思うってして欲しいなぁと思う。

 とにかく人が言い切らないうちに否定や非難で遮りすぎる。

 そういうメディアの風潮が、日常レベルのあちこちの場面にも蔓延しすぎている。

 一般大衆は、知らず知らずにメディアの影響を受けているのです。

 「この国の人たちは、相手に尊敬の念を持って、なじったり、やじったりすることなく、実に落ち着いてものごとを話し合うなぁ」みたいに諸外国から尊敬されるような風土や国民気質づくりに、メディアはいい影響を与えて欲しいなぁと思う。

 で、私の書いているブログはどうなんだ?って言われれば、下ネタやどうでもいいような話も多くて、いい影響を与えているとは言えないなぁ。トホホ・・・・・・。

| | コメント (0)

モンスターペアレントとメディアの影響

 メディアの論調等の影響もあるのだろうけれど、とにかく、良いことも悪いことも、何でもかんでも一緒くたに、『否定! 否定! 否定!』、『批判! 批判! 批判!』、『反対! 反対! 反対!』、『あんなもん! こんなもん! そんなもん!』とばかりに、「お手並み拝見!」的な高みの見物をしてやろう風な、上から目線でモノを言うというこの世の中に蔓延しているこの風潮が、私、ものすごく嫌いです。

 そういう風にモノを言ってさえいれば、賢いことを言っているような気になっている人も嫌いです。

 とにかく討論番組にしろ、何にしろ、人の意見や考えをちゃんと最後まで聞きもせず、自分の言い分ばかり言って! 言って! 言いまくって、っていう人のやりとり的なものが、このところメディアにおいての露出が多すぎると思う。

 そんな調子だから、一般庶民の間でも、そんなようなモノの言い方が多くなって、議論が議論として成り立たないとか、まともな意見交換すらできなくなってきているのだと思う。

 家庭教育の中で、『いいものはいい』『悪いものは悪い』という指針みたいなものを教えられずに育った人間が、ただただメディアの影響をそのままに受けてしまえば、そういう人格形成も仕方ないのかもしれない。

 そして、そのまま子供を作って、親になってしまえば、無理難題を言いまくる、いわゆる『モンスターペアレント』になってしまうのだろうと思う。

 ある種、そういう人たちも、きちんと教えられず、気づかずに育った被害者であると言える、とは思う。

 だからと言って、学校の先生たちを悩ませる、いわゆる『モンスターペアレント』と呼ばれるバカ親になっていいというものではない。

 理屈云々ではない。あかんもんはあかん!

 圧倒的に影響力のあるメディアなら、建設的に、落ち着いてモノを言う風潮を作っていかないと、国全体に、穏やかな空気・風土・文化は生まれないような気がする。

 これは誰が誰でもないと思う。自分も含めて、一人ひとりが気をつけないといけないことだと思う。

 何でもかんでも、否定してりゃぁええっちゅうもんちゃいまっせ!

 否定ばかりが先行していては、創造的なものは生まれない。

 私はそう思う。

| | コメント (0)

デジタルカメラ

 今や、すっかり『デジタルカメラ』の時代。

 『出痔垂る亀ら』の時代は来るのだろうか?

| | コメント (0)

一つ一つ

 自分でしなければいけないことがめっちゃめっちゃ多くて、「あ~ぁ、さぁ、どないしよ?」と、考えただけで、もううんざり!なときって、どうにもこうにも、しんどくてしょーがない。

 そのめっちゃめちゃ多い自分でしなければいけないことを、大きな一つのかたまりで捉えると、ほんと、ドーーーーーン!と、自分の上に乗っかかってくるような感じになるが、結局は一つ一つこなしていくしかない。

 で、いつの間にか集中して、一つ一つこなしているうちに、いつの間にか終わっていたりする。

 で、思ったより、早く終わっていたりすると、すごいええ感じの気分になる。

 で、案外、疲れていなかったりすると、何か逆に元気になったりする。

| | コメント (0)

赤面

 あまりの恥ずかしさに赤面しているときって、鏡をわざわざ見なくても、真っ赤な顔になっているんだろうなぁと思うぐらい、顔が熱っぽくなる。

 顔だけじゃなく、身体中がほんとに、アツーーーーーく、なる。

 と言うことは、めちゃめちゃ寒いところで、めちゃめちゃ恥ずかしくなって赤面すると、多少はぬくもるのだろうか?

| | コメント (0)

リズム

 何時に起きてもかまわない休みの日は、二度寝しても気持ちよく起きれる。

 しかし、休みの日じゃないのに二度寝してしまって、眠りのサイクルが眠り込むタイミングになった瞬間!起きなければならなくなったときは、ほんと起きるのがつらくなる。起きてからもものすごくしんどい。

 一度、微妙にリズムが狂うと、軌道修正するまで、何となくその日の行動が、何かこう、ちぐはぐになって、しっくりこなくなったりする。

 「あ、あの人、どうやら今日はリズムが狂って、しっくりこないんだな」と、たまたま見かけた人にそんなまなざしを注ぎながら、「分かる!分かるよ!そういうときあるよ!」なんて、心の中で同情していたりするときがある。

 でも、よく見たら、『しっくり』じゃなくて、『しゃっくり』だったりする。

| | コメント (0)

犬も命がけ

 犬を散歩に連れている人は、街でたくさん見かける。

 その中に、ときどき犬の首輪から飼い主の手までの紐が短かすぎて、苦しそうに引っ張られている犬も見かける。そんなときの犬の表情たるや、「う~首絞まる!首絞まる!」みたいな感じに思えたりする。ま、そら、そやわ。

 また、そんな飼い主に限って、自転車に乗って犬を引っ張ってやるもんだから、犬も必死について行かないと首吊り状態になってしまう。実際、前足がときどき宙に浮いて空回りしているときがあって、思いがけず、カール・ルイスの走り幅跳びを思い起こさせられる。

 犬にしたら、楽しいはずのお散歩が、毎日首吊り状態になるやもしれんと思ったら、ほんと命がけだろうなぁと思う。

 人間で言えば、怖い奥さんが、旦那のネクタイを首が絞まる状態で握ったまま、自転車に乗って旦那を引っ張って行き、旦那が必死でついて行くようなものだろうか?

| | コメント (0)

カツオくん

 カツオくんが、男の子なのか女の子なのか、「その答えを『男の子』もしくは『女の子』ってダイレクトに答えるな!」って言われれば、『タツオくん』って答えようかな?

| | コメント (0)

ワカメちゃん

 ワカメちゃんが、男の子なのか女の子なのか、「その答えを『男の子』もしくは『女の子』ってダイレクトに答えるな!」って言われれば、『ワレメちゃん』って答えようかな?

| | コメント (0)

スーツ

 久しぶりに着たスーツ。

 腹回りがきつくなっていると、自分の『年齢』と言うより、『樹齢』を感じてしまう。

| | コメント (1)

足元

 『靴下』をはいて、靴をはくんだけど、『靴中』だったりする。

| | コメント (0)

スイスイ

 車を運転していて、道も空いていて、信号にも引っかからず、あまりにもスイスイと走れちゃって、あまりにも予想より早く目的地に着いてしまうと、気分がいい反面、「もしかしたら、今、特別に急ぐ必要もないのに、ものすごく早く目的地に着いてしまったこの数分の車の運転に、人生の運をすべて使い果たしてしまったんじゃないだろうか?」と不安になったりする。

| | コメント (0)

こだわり

 ごはんを食べに行って、そのお店のメニューには、例えば、「この料理にはこのソース、あの料理にはあのソース・・・・・・」みたいなこだわりがあるのなら、「この料理には、このソースをお試し下さい」とか、「このソースでお召し上がり下さい」とか、ちょっと書いておいてほしいなぁと思う。

 ものすごくお好み焼きが食べたくなったときのこと。

 そのときは、「ものすごくコテコテのソースとマヨネーズの味を、口の中がお待ちかねでっせ~~!!」という状態だった。

 で、お好み焼きが運ばれてきて、「さぁ!コテコテに!」と、コテコテのソースに手を伸ばしかかった瞬間!!「一度、しょうゆでどうぞ!」って言われた。

 「えっ!?」

 って、一瞬止まったが、「もしかしたら、このお店には『一度しょうゆで食べてもらいたい』というこだわりがあるのかなぁ・・・・・・。だとしたら、そのこだわりを踏みにじったりしたら失礼だしなぁ・・・・・・」って思って、嫌な客だと思われながら食べるのもこっちもしんどいし、

 「はい!」

 っと、しょうゆで食べることにした。

 特に「今、こういう味が食べたい!!!」って思っていないときだったら、素直においしかったのだろうと思う。

 しかし、そのとき私は、とにかく『ものすごくコテコテのソースとマヨネーズの味のお好み焼き』を待ち構えていたので、あっさりした味がとても苦痛だった。

 で、特別しょうゆで食べた感想を聞いてくるわけでもなく・・・・・・。一体、何やねん!

 『お好み焼き』以外の料理や『ものすごく特別にこだわりがある!!!』っちゅうわけでもないなら、『お好み焼き』は『お好みに』食べさせてほしいなぁ。

| | コメント (0)

水谷豊ブーム

 『水谷豊ブーム』と、最近、テレビやラジオでよく言われている。

 確かにそう思うし、私の中でもブームになっている。この数日のブログの内容も水谷豊さんの内容になっているし。

 それにしても、水谷豊さんや芸能人の人たちに限らず、年を取っても若さのあふれている人って街の中でもよく見かける。

 それは、着ているものやメイクや持ち物で若作りしているという意味では当然なくて、年相応の雰囲気は持っておられるのだけれど、そういう人たちには、内面からというか何というか、こう、若さというかエネルギーみたいなものがみなぎっているというか、そういうものを共通して感じたりする。

 はてさて、「今の水谷豊さんの年の頃には、自分は一体、どの程度若さが残っているのだろうか?」、最近、そんなことを考えたりしている。

| | コメント (0)

相棒

 水谷豊さんと寺脇康文さんの人気刑事ドラマ『相棒』が、今年映画化されて話題になっている。

 どちらの俳優さんも好きで、『相棒』もしょっちゅう見ていてもおかしくはないのだけれど、時間的にちょっと見れないことも多く続き、ついつい見逃して、ちょくちょくしか見たことがなかったりする。

 それでも、これまでに寺脇康文さんがトーク番組などで、昔から水谷豊さんのファンで、俳優を目指すきっかけになったあこがれの俳優さんであるということはよくおっしゃっていたので、そのことは知っていた。

 そのあこがれの水谷豊さんと共演し、そのタイトルも『相棒』であり、そのドラマもヒットしてシリーズ化され、映画化にまでなったのだから、寺脇康文さんの人生において、ほんとこの上ない喜びなんだろうなぁなんて思ったりする。

 確かに、歌番組などを見ていて、「○○さんにあこがれて、歌手になりました!」という歌手が出ていたりして、そのあこがれの歌手と「その日ご一緒できて光栄です!」みたいな光景を目にすることはあるけれど、あこがれの人との作品がヒットを続けて共演し続けてっていう、この『水谷・寺脇、相棒パターン』はそうそうあるものではないと思う。

 読者の皆さんは、「あなたにとっての、あこがれやスターは?」って聞かれたら、誰の顔が思い浮かぶのだろうか?

 もしかしたら、そんなところに、忘れてしまいがちな、『子供の頃の思い』だとか、『自分の原点』みたいなものがあるのかもしれない。

| | コメント (0)

熱中時代

 水谷豊さんの大ヒットドラマ『熱中時代』。教師編と刑事編があったけれども、今思うと、この『熱中時代』って言葉、すごくいい言葉だなぁなんて思ったりしている。

 冷めた人の多い今の世の中で、この『熱中時代』って言葉が、何だか急に自分の中では、ズキーンッ!って感じで響いている。

 自分が生まれてから死ぬまでの時間というのは、どれくらいあるのかは知らないけれども、いざ自分が臨終を迎えるときに、自分の人生を振り返ったら、いつの頃、いつの時代が自分にとっての『熱中時代』だったなぁなんて、振り返るのだろうなんて考えてしまう。

 「生まれてから死ぬまで、ず~っと、熱中時代でした!」なんて言える人生を生きれたとしたら、「本当に命を一滴残らず使わせて頂きました!」と、ものすごく充実感いっぱいの臨終になるような気がする。

 案外、そんなにマジメに考えるよりも、「『熱中時代』を見ていた時代が、一番熱中時代だった!」なんてあっさり思って臨終になるのかもしれない。

| | コメント (0)

カリフォルニア・コネクション

 水谷豊さんが、随分久しぶりに、CDを出されたということで、最近、ラジオでもよくリクエストされて、懐かしい曲を耳にする機会が多い。

 中でも、『カリフォルニア・コネクション』は私も大好きな曲で、カーラジオから聴こえてくると、思わず唄ってしまったりする。

 この曲は、大ヒットドラマ『熱中時代』の刑事編の主題歌だった。

 やはり、好きな曲がかかったりすると、当時のことをいろいろと思い出すし、今思うと、水谷豊さんのドラマは随分見ていたなぁと思う。『あんちゃん』とか『事件記者チャボ!』とかも見ていたなぁ。

 私たちの世代で、学園ドラマと言えば、まず『3年B組金八先生』と答える人も多いけれど、『熱中時代』の教師編の大ヒットが先だったりする。

 ここ最近、私の頭の中では、ず~っと水谷豊さんの『カリフォルニア・コネクション』や『やさしさ紙芝居』、そして教師編のパート1のときの主題歌で、子供が唄っていた『ぼくの先生はフィーバー』がず~っと流れている。

 読者のみなさんも、そんな風に、同じ曲がず~っと頭に流れているときってないですか?

| | コメント (1)

 私たちは、体調が悪いと、薬を飲む。

 薬自身が、体調悪いとき、薬が飲む薬ってなかったりする。

| | コメント (0)

チン!

 「ちょっとレンジで『チン!』して温めたらおいしくなるのに!」

 と、言われても、冷たいまま食べたいなぁと思っているときに、温めて食べたらおいしくないのである。別に『チン!』するのを、めんどくさがっているわけではない。

 「いついかなる場合でも、レンジで『チン!』して温めたら、誰もがおいしく感じるのだ!」みたいな、一つの思い込みを押しつけられると、実に迷惑である。

 私の場合、前日の揚げ物は、冷たいままの方が好きなのである。レンジで『チン!』すると、油が回りすぎて、あまり好きではない。前々日の揚げ物は、硬くなりすぎているので、多少油は回っても、『チン!』する方が好きである。

 人の好みはそれぞれなのである。

 だから、きつねうどん、もあれば、ざるうどん、もある。

 同じく、たぬきそば、もあれば、ざるそば、もある。

 ゆでたまごだって、温いのもおいしいし、冷たいのもおいしい。

 玉子焼きだって、温いのもおいしいし、冷たいのもおいしい。

 湯豆腐もおいしいし、冷奴もおいしい。

 それぞれ、そのときそのとき、おいしい、と思う食べ方があってええんちゃうの!?

 まさに、『食料選択の自由!!』、

 なんちゃって。

| | コメント (1)

つまらないもの

 「つまらないものですが・・・・・・」

 と、頂いたものを開けてみると、

 お菓子とか、佃煮とか、いっぱい詰まっていたりする。

| | コメント (1)

うたた寝

 風邪をひかないような体勢で、好きな本を読みながら、ウトウト~っと、うたた寝するのは、けっこう好きだったりする。

 時間の都合がついて、「あっ!今日はリアルタイムでテレビ見れる!」と意気込んで、風邪をひかないような体勢で、好きなテレビ番組を見始めた瞬間から、うたた寝してしまって気づいたら終わってたぁ~!!っていうのは、けっこう好きじゃなかったりする。

| | コメント (1)

夜空のムコウ

 ラジオのリクエストなどで、SMAPの曲、『夜空のムコウ』、を聴くと、

 ~・・・・・・あの頃の未来に、僕らは立っているのかなぁ・・・・・・~~

 の、歌詞のところで、「僕は確実に立っていないなぁ」と、いつも反省している。

 読者の皆さんは、どうですか?

| | コメント (1)

ヨコハマ・ヨコスカ

 ダウンタウンブギウギバンドの『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』という曲がけっこう好きなのだけれど、もし、横浜や横須賀あたりに、『港野さん』や『湊野さん』などなど、漢字のパターンはいろいろあるにせよ、『みなとのさん』といった苗字の方の家に、『ようこさん』というお名前の方がいらっしゃれば、ほんと、はまり曲だなぁなんて、ふと思ったりなんかした。

 あ、南野陽子さん・・・・・・、おしい!一字違い!

 ま、曲のイメージとも、ちょと違いますなぁ。

 自分自身のテーマ曲を選ぶとしたら、読者の皆さんはそれぞれに、どんな曲を選ばれるのだろうか?

| | コメント (1)

携帯

 「携帯取って~」

 と、言われると、ときどき、

 「携帯って、携帯用ラジオですか?

        携帯用トイレですか?

        携帯用救急セットですか?

        携帯用常備薬ですか?

        携帯用灰皿ですか?

        携帯用絵の具ですか?

        携帯用裁縫道具ですか?

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 などなど、最後まで、「携帯電話ですか?」と聞かないでいてやろうかと思うときがある。

| | コメント (1)

ムチュージン(夢中人)

 駅のホームに停車中の電車に乗り込んだ。発車まで、まだしばらく時間があった。

 同じく、早めに乗り込まれたご夫婦が、私から少し離れたところで座っておられ、何やかんやとしゃべっておられた。

 「ちょっと、おかあちゃん。まだ時間あるさかい、そこの自販機で、コーヒー買(こ)うて来てぇなぁ」

 「もう、じゃまくさいなぁ!あっち着いてからでええやないの」

 と、ぼやきながらも、奥さんはホームに下りて、自販機に向かわれた。

 すると、ホームに下りられた瞬間に、奥さんのハンドバックの中の携帯電話が鳴った。奥さんは電話に出られると、どうやら親しいご友人からの久しぶりの電話だったらしい。駅のホームで、大きな声で、「いかにも大阪のおばちゃん」というイメージそのままにしゃべり出された。

 「いやぁ~、奥さん!久しぶりやんかぁ~!どないしたはんの?!・・・・・・ふんふん!・・・・・・いや、私もな、奥さんにいっぺん電話せなあかんなぁ思ててん!・・・・・・」

 ご主人のコーヒーなんて、どこへやら。

 コーヒーどころかご主人なんて、どこへやら。

 電車の発車時刻なんて、どこへやら。

 電車は、発車してしもた。

 それでも奥さんは、おしゃべりに夢中で、ホームでご機嫌さん全開にしゃべり続けておられたようだった。ご主人は、奥さんに「さよ~なら~」って感じで、大きく手を振っておられたが、奥さんは気づくこともなく、携帯電話片手に、大口を開けて笑ってしゃべっておられた。

 ある意味、あんなに夢中になれるっちゅうのが、うらやましい。

| | コメント (1)

『雨』と『思い込み』

 雨が降ると、とりあえず、「あ~うっとおしいなぁ」と思う。

 しかし、雨も降ってもらわんと困るわけで・・・・・・。

 で、とりあえず、「傘ささなあかんのん、ダルイなぁ」とも思う。

 しかし、別に傘をささなければいけないと決まっているわけではない。カッパを着てもかまわないし、濡れてよかったら、濡れたってかまわないわけで・・・・・・。

 濡れてはいけない、傘をささなければいけない、などなど、実は単純に思い込みだったりする。

| | コメント (1)

横顔

 このまえ、電車に乗った瞬間、友達の横顔を見つけて、何の躊躇もなく、「あ、久しぶり!」と、声を掛けて肩を叩いた。

 思いっきり人違いだった!

 思いっきり恥ずかしかった!

 顔から火が出るとはこういうことなんだろう!

 どうしようもない時間て、ほんとに長い。

 ま、愛想のいい人で、助かった。

| | コメント (1)

時計の針

 たまには、ゆっくりペースで進みたいときもあるだろうなぁ・・・・・・。

| | コメント (1)

カラー

 絵を描くのが好きだと、色もきれいに塗りたくなったりする。

 描かれた絵に塗られた色、服の色、車の色、家具の色、食器の色・・・・・・などなど、具体的に何かに塗られた色を眺めるだけではなくて、カラーサンプルのようなものを眺めているだけでもいいから、いろいろ色を眺めているのが好きな場合もある。

 例えば、子供が無邪気に「色塗りが好きだ」と言いたいところ、言葉足らずに「色好きやねん」とか言えばかわいかったりするし、言われた方も額面どおりに理解する。

 ところが、大人になってから、無邪気に言葉足らずに「『色』好きやねん」って言ってみても、『違う方のこと』が好きなのかなと思われてしまったりする。

 「私は単純に『色』が好きです」

 と、私が言えば、読者の皆さんはどちらの意味にとるのだろうか?

| | コメント (1)

カーテン

 太陽の光がまぶしいとき、カーテンを閉める。

 私たちはまぶしくなくなるが、カーテン自身ははまぶしいだろうなぁ。

 カーテンよ、そんな君たちがまぶしいぜ!

| | コメント (1)

釣り堀

 一般的に、『釣り堀』とは、魚を釣って楽しむところと、私たちは認識している。

 しかし、堀ごと釣り上げるところだったとしても、『釣り堀』と言えちゃったりなんかする。

| | コメント (1)

財布

 お金を入れておく財布。『財(ざい)』を入れておく『布(ぬの)』と書く。

 昔は布製が多かったのかもしれない。

 今のところ、私の『財』を入れているのは『革(かわ)』だったりする。

 じゃあ、私の場合、お金を入れているのは『財革』か?

 何だか、『財政改革』みたいだなぁ。

| | コメント (1)

寄付?

 電車の切符売り場で順番を待っていた。私の前、右前、左前には、そら、もう、賑やかにしゃべって、しゃべって、しゃべり倒しているおばちゃんたちの集団がいた。

 「ほんまに、よぉ~しゃべるなぁ~~~」って、呆れながら並んでいたら、案の定、私のすぐ前のおばちゃんがお札を入れて、ボタン押して、お釣りだけ取って、切符取るのん忘れて行った。

 「あっ!おばちゃん!切符忘れてんで!」って、声を掛けようとした瞬間に、そのおばちゃんが、「あっ!」と、自分で気づかれた。

 「危ない危ない、しゃべってたら、切符忘れて、鉄道会社に寄付してしまうとこやったぁ。ハッハッハ~」

 と、周りの私たちに聞こえるように、少々恥かしげにブツブツ言いながら、戻って来た。

 そして、私の顔を見て、「兄ちゃんも言うてくれたらええのに!」と言って、「ねぇ~」って他の人に同意を求めて、去って行った。

 「何で俺が怒られなあかんねん!」って思いながら、あのおばちゃんも、切符取るのは忘れても、お釣りはしっかり忘れへんなぁと、何だか笑けてきた。

| | コメント (1)

デジタル時計

 ここ数年、私は、パッ!と、デジタル時計の表示を見たときに、12時34分だと、「おっ!1,2,3,4や!」とうれしくなったり、3時21分だと、「スリー、トゥー、ワン!ドーン!」みたいで、何だかうれしくなってしまう。

 読者の皆さんは、そういうのってないですか?費用のあまりかからない幸福感!

| | コメント (1)

演歌でつなぐひととき

 エレベーターの前に立った瞬間!エレベーターが、ほんとにタッチの差で!自分のいる階から!ほんとに!たった今!移動して行った瞬間!

 「あっ!!あぁーーっっ!!」

 と、残念な声を出しそうになりながら、エレベーターの移動状況を知る数字盤を、目で追いかける。

 頭の中では、五木ひろしさんのあの名曲のサビの部分が、「・・・・・・行って行ってし~まった~・・・・・・」と流れ出す。

 「・・・・・・もう、帰らない~・・・・・・」と、流れそうになったとき、自分の階にエレベーターが向かってくる兆しを見せたりする。

 すると、たちまち、頭の中では、松村和子さんのあの名曲のサビ部分が、「・・・・・・帰ってこ~~~~いよ~~~~・・・・・・」と、三味線の音色と共に流れ出す。

 こんな状況でも、やはり、年代別に流れる曲は違うのでしょうねぇ~。

| | コメント (1)

作品の重み

 世の中にある一つ一つの『作品』には、それを作った作家さんそれぞれの思いや魂とでも言うべき、何とも言えない『重み』がある。子供の作った作品には子供なりの、若者が作った作品には若者なりの、ベテランが作った作品にはベテランなりの、それぞれ『重み』がある。

 私は一時期、その『作品』の『重み』というものを、数値で知りたいと思い、毎朝欠かさず量ってみることに凝った時期がある。

 毎朝、便意を催してくると、ギリギリまで耐えて、体重計に乗って体重を量り、『作品』を世の中に『発表』してから、もう一度体重を量っていたという具合である。

 これを一・二週間続けてみたところ、あくまでも、私の場合であるが、平均200gぐらいの『作品』を『発表』できたときには、スッキリ感が得られ、充実感いっぱいに、その日のオープニングセレモニーを終えられたような気がする。

 もっとも、私の場合、わりとよく食べる方なので、前日200g以下だと、その翌日には、200g~400gの間の『作品』を『発表』させてもらわないと、納得のいくスッキリ感が得られず、少々残ってる感が嫌な感じであった。

 こんなことを友達に話したら、こういう答えが返ってくるだろうなぁと、いろいろ想定しつつ、「俺、一時期、毎朝『作品』の『重み』を量っていたことがある」なんて言ってみたことがある。そしたら、案の定、「お前、アホやろ!」と想定していた通りの答えが返ってきた。

 想定していた答えがそのまま返ってくるなんて、私には予知能力でもあるのか?と、一瞬勘違いしそうになった。

 ま、バカバカしいが、健康のバロメーターにはなっている。皆さんも、一度、お試しあれ!

| | コメント (1)

お風呂

 お風呂で、頭を洗い、身体を洗い、顔を洗い、一日の汚れを洗い流していると、ときどき、ふと思う。

 「心の汚れも、洗い流したいなぁ・・・・・・」

 洗い流すには、私の心は、少々、汚れすぎている。

 心の清らかな人に出会うと、ときどき、ふと、そう思う・・・・・・。

 自分で、こんなことを書いて、自分でツッコンでいると、終わらないので、寝ることにする。

 ・・・・・・

 おいおい、何となく、きれいにまとめたつもりになっているけれど、『ときどき、ふと思う』のは、お風呂に入っているときと、違いますのんか?!

 ほんで、『少々、汚れすぎている』って、ちょっとだけ汚れてんのか、かなり汚れてんのか、どっちやねん!って感じだなぁ。

 私には、きれいな文章は似合わない。心が少々汚れすぎているから・・・・・・。

 だから、どっちやねん!ちょっとだけなのか、とことんなのか・・・・・・。

 でも、そんな曖昧さだったり、ゆるい感じが、ほどよく聞こえたり、日常では普通に使われていたりする。契約や法律などの厳密性を求められる場面でない限り、けっこう私たちは、大まかな範囲で言葉をとらえていたりする。で、それで、お互いに通じるし、言わんとするニュアンスも理解し合えたりする。

 外国人の方が、カタコトの日本語を話されたら、少々間違っていても、こういうことを言いたいんだろうと、聞いている方は理解しようと努めるし、また、逆にこちらがカタコトの外国語を話したら、聞いている方が理解しようと努力して下さったりもする。

 母国語同士でしゃべっていても、そういう曖昧さはあるのだから、「文法!文法!」と、とかくそのように外国語を習ってきた世代も、厳密性を求めすぎずに、覚えた言葉は使ってみないと、相手の反応は分からない。

 間違えることは恥ずかしいことではない。恥ずかしがっていては、私なんて、年がら年中、赤面しっぱなしだ。

| | コメント (1)

私の配役

 このまえ、電車に乗ったときのこと。三~四人しか乗っていなかったので席は充分に空いていたが、長く乗らないし、乗り込んだ扉の向かい側の、閉まっている方の扉の前に立つことにした。言わば、向かいのホームがよく見える感じといった具合である。

 すると、ちょうどその向かいのホームに、おばあさんがこっちに向かって愛想よく手を振っている。「え?俺に?!」と思い、右左と車内を確認したけれど、どう考えても私に手を振っている。

 「このおばあさん、どっかで会ったっけ?」

 そんなことを思いながらも、私に会釈まで二回三回と深々とされるので、思わず私も会釈をした。

 声こそ発してはおられなかったが、口の動きが明らかに、「どっか行きはんのん?」だったので、私も声は発しなかったが、口を大きく「はい」と動かした。するとまたおばあさんは、声は出さずに「気つけて!」と大きく口を動かされ、「はい!」と会釈を返した。

 どう考えても、あのおばあさんを私は知らない。

 私は一体、誰の代わりに、あるいは誰役で、あのおばあさんと挨拶したのだろう?

 あのおばあさんの目には、きっと私は『○○さん』に映り、私も体裁よく会釈したので、私はその『○○さん』の面目も、一応保ったんだろうなぁなんて思ったりなんかしている。

 

| | コメント (2)

プリプリ

 「プリプリ」と言えば、私たちの世代だと、学生時代のその当時、ヒット曲を連発していた女性バンド「プリンセスプリンセス」を思い浮かべたりする。

 それは明らかに略称としての「プリプリ」。木村拓哉を「キムタク」、チャゲ&飛鳥「チャゲアス」と言っているのと変わりない。

 でも、私が気になっている好きな表現の「プリプリ」は、「プリップリのえび」の「プリップリ」と、「プリップリのお尻」の「プリップリ」。

 言葉、表現としては同じであるが、その、弾力感、食感たるや、いかがなものかと気に掛かる。

 まったく同じなら、それで問題ないが、何かちょっと工夫したくなってしまう。

 「噛んだときの食感が、歯にまあるくまとわりつくように丸みを帯びたプリップリのえび」とか、「モッチリ、モチモチ、プリンッ!と張りのあるプリップリのお尻」とか。

 で、プリンセスプリンセスの話は、ことのほか、何ら関係なかったりする。

| | コメント (1)

もうちょっと小声で・・・

 このまえ、電車に乗っていたときのこと。二人掛けの進行方向に向かって座るタイプの席に座っていた。

 後ろの席に、おばちゃん二人が座られた。おばちゃんと言うより、お二人ともおばあちゃんな感じの声だった。

 ヒソヒソおしゃべりしておられるつもりのようだったが、わりとかん高いお声で、周りも静かだったこともあり、聞く気はなかったが聞こえてしまった。

 「前の人、座高高いねぇ」

 「ほんまやねぇ」

 ・・・・・・

 ほんまに、ほっといてくれですわ。

 映画とか、演芸とか、講演会とか見に来てて、遮ってるなら謝るが、窓の外の景色見るなら横でっしゃろ!?遮ってまへんやろ!?

 思わず、後ろ向いて、おばあちゃんたちに、

 「小・中学校時代、座高の高さ、学年一番で、身体測定のとき、僕の数値をみんな見に来て、『あ~よかった。助かった』って安心されてましてん!」

 って、言うたろかなぁって思ったけれど、さすがに言えなかった。それで、背中を丸くしてお尻の位置を前に出して、頭を引っ込めて、無言の抵抗をしてやった。

 「あ!?聞こえたぁってんわ」

 「ほんまやね。沈まはったわ」

 やて。

 すんまへんなぁ!

 それで、頃合いを見てもう一回浮上してやった。

 わしゃ、シンクロの選手か!モグラ叩きのモグラかっちゅうねん!

 自分でわざとやっててアホらしくなった。

| | コメント (1)

いい湯だな

 湯船にゆっくり浸かって、ボケ~ッとしていると、本当にのんびりできる。

 身体がぬくもって、血流がよくなってくると、自然と「あ~、ええあんばいやわ~。極楽極楽」なんて、ひとり言が出てしまう。

 そのまましばしの間のんびり浸かっていると、身体中リラックス感が漂い、眠気が出始める。

 ウトウト~・・・・・・ウトウト~・・・・・・っと、首をカクン、カクン、っとさせながら、頭の中では「ほんま極楽や~~」なんて思いながら、その揺れてる首の感覚を楽しんだりなんかする。

 そして、本当に眠りに入った瞬間!首がガクンッ!!と勢いよく倒れ、顔を湯船に、ボチャンッ!!とはめてしまい、溺れそうになったことが何度かある。

 「あ~、危なかった~。ほんまに極楽行ってまうとこやった・・・・・・」

 お湯に浸かりながら、冷や汗をかく。

| | コメント (1)

反省

 私たちは、本や映画、テレビやラジオ、あるいは、仕事や日常で、共鳴したり、感動したり、また、反省したり、さまざまな反応を繰り返している。

 そして、そのときは、「絶対忘れへんぞ!」なんて思いながら、忘れやすい私たち。で、また失敗したりして、また、反省。

 日々、反省を繰り返しているうちに、気づけば自らの臨終のときを迎えているような気がする。

 仮に、百年生きたとしても、たかだか百年。人類の歴史や地球の歴史、あるいは、宇宙の歴史の長さから考えると、本当に右向いて、左向くぐらいの時間、あるいは、もっと短いかもしれない。

 人間一人の人生の時間なんて、本当に、「あっ!」と言う間に過ぎてしまうような気がする。

 いつ、どんな形で、終わるかも分からない、私たちの命。「一日一日、大切に過ごさないといけないなぁ」と、いつも反省している。

 で、まぁ、今日は、とりあえず、芋食て、屁こいて、寝ることにして、ま、明日から明日から。明日からでよいではないか、よいではないか・・・・・・。で、また反省。

 そしてまた、明日の私たちはと言えば、ま、ま、まぁ、明日から、明日から。明日からでよいではないか、よいではないか・・・・・・。で、また反省。

 ゆりかごから、墓場までの間には、あ~~れ~~と、反省しかないのか?

 

| | コメント (1)

タイムリーな名曲

 このまえ、いつも夜しか連絡が取れないお客さんのところへ、車の中から携帯電話で電話ををかけたときのこと。

 その日は、まだ間に合ってるからと、注文は頂けなかった。もう、時間も時間だったし、そのお客さんをその日の最終にしようと思っていたので、帰ることにした。

 で、キーを回して、車のエンジンをかけた。ラジオのスイッチはONのままになっていたので、当然エンジンと共に、ラジオも鳴り出した。

 すると、曲名は分からなかったが、ちょうどこれから曲が始まるところだったらしく、DJの方が、「・・・・・・聴いて下さい」と言っているところから、私は聴き始めた。

 アクセルを踏んで、車を走らせ始めたとき、流れてきた曲が、「蛍の光」だった。

 ものすごく、「今日一日の仕事が終わった!卒業だ!」みたいな感じがした。

| | コメント (1)

スカウト

 このまえ、ちょっとしたことで、利き手の右手薬指から肘にかけて、少しばかり筋を伸ばしてしまった。

 大したほどではなかったが、かなり痛かった。一週間ぐらい、力が入れにくくて、お箸も握りにくいし、字も書きにくかった。

 そのとき、ふと、「うわっ、今、大リーグとか日本のプロ野球とかのスカウトが来たら困るなぁ・・・・・・。ピッチングでけへんがな」なんて思ってしまった。

 僕という人間は、とことんおめでたい奴だなぁと、笑ってしまった。

 心配せんでも、来(け)えへん、来えへん。野球もやってへんのに・・・・・・。

| | コメント (1)

あの頃

 私たちが普段耳にする曲の中で、よく「あの頃」という言葉が出てくる。あの頃はどうだったとか、あの頃のあなたはどうだったとか、私はこうだったとか。はたまた、あの頃のようにどうしたい・こうしたいとか、バリエーションはいっぱいある。

 そして、私たちは、その曲の世界に感情移入できたり、その曲を聴くことで、それぞれにとっての「あの頃」を思い出す。

 しかし私は、ときどき、ほんと、ときどきだけなのではあるが、「あの頃」という言葉が少々耳障りに思える日には、その曲を唄っている歌い手さんや曲を作った人たちに、「今おっしゃってる、『あの頃』、って、いつのことですか?西暦何年の、明治・大正・昭和・平成など、元号で言うたら何年で、何月何日の何時・何分・何十秒、地球が何回まわったときぐらいのことですか?」なんて、駄々をこねて聞いてみたい気分になる。

 

| | コメント (1)

絶妙なバランス

 物事を、まじめに考え過ぎても疲れる。

 かと言って、ふざけ過ぎても具合が悪い。

 その絶妙なバランスのところを、僕は探しているような気がする。

 読者の皆さんに読んで頂いている、書き連ねたブログを読み返していると、書いているときはもちろん一生懸命書いているのだけれど、時間が経って見てみると、「よくこんなこと恥ずかしげもなく書いてるなぁ」と、たいがい恥ずかしかったりする。

 しかしながら、日、一日、一日、経てきた時間の中で、たどり着いた恥ずかしさであるならば、それはその恥ずかしさにたどり着くために必要だった道のりであったと言える。

 恥ずかしさにたどり着くために必要だった道のりであったならば、恥ずかしく思う必要はない。

 そこを通ってみたことで、あるいは、そこを通ってみたからこそ、分かったこともある。

 私たちは、毎日、必要な時間を過ごしている。

 そんな風に思う。

| | コメント (2)

元栓

 マンションの一階でエレベーターを待っていた。十一階に用事があった。

 エレベーターが到着すると、六十代ぐらいのおっちゃんが出てきて、入れ違いに乗り込んだ。

 モモモ、モワ~~~ン・・・・・・。

 あのおっさん、思いっっっっっきり屁のこき逃げして行きよった。

 めっっっっっちゃ!臭かった!

 重量感のある、密度の濃い~~ニオイ!とでも言うのだろうか?

 分厚~~い空気に、全身を包まれた。

 外、寒かったから、ぬくかった。

 久々に息止めた。

 ガス会社の人に、あのおっさんのケツの元栓止めて欲しかった。

| | コメント (1)

寝ちがい

 寝違えたら、痛い。

 若干、横向きな感じ。

 開き直ってカニ歩きでもしたろか!

 あぁ、人生は前向きな方がいい・・・・・・。

| | コメント (1)

似た人

 親、祖父母、兄弟姉妹、親戚でもないのに、自分の身内の人間によく似た人を見かけると、何だか笑ってしまう。

 このまえ電車に乗ったとき、「亡くなったうちのおばあちゃんを、四・五十代のおっさんにしたらこんな感じやろなぁ・・・・・・」って思えるようなおっさんが、向かいの席に座りよった。

 鼻ほじとった。

| | コメント (1)

バック

 特急や急行などの快速電車に乗って、進行方向を背中にして座ったとき、いわば、猛スピードでバックに進んでいくような感じになる。

 「このスピードで、車の運転でバックなんかしたら、めっちゃ怖いやろなぁ」なんて思いながら、車窓の風景を楽しんだりなんかしている。

| | コメント (1)

桃とお尻

 よく私たちは、ほどよい肉厚の、ほどよい形のお尻を桃に例えて、「桃尻」と呼ぶけれど、逆に、桃の世界では、ほどよい肉厚の、ほどよい形の桃をお尻に例えて、「尻桃」なんて、呼び合っているのだろうか?

| | コメント (1)

思い出し笑い

 公衆の面前で、思い出し笑いが加速して止まらなくなると、ほんまに、つらい。ほんまにつらいけど、笑(わろ)てまう。ほんで、また、そんな自分がおかしくて、また、笑(わろ)てまう。

| | コメント (1)

名称変更

 私が入る直前まで、誰かと誰かがここで長いことしゃべっていたんだろうか?口臭トイレになっとった。

| | コメント (1)

冷えっ冷えとぬっくぬく

 寒い日の公衆トイレ。冷えっ冷えに冷えた洋式の便座に座るのもつらいけれど、ぬっくぬくにぬくもった誰かのすぐ後も、ちょとつらい・・・・・・。

| | コメント (1)

寒い夜

 寒い夜、オシッコも済ませたし、「さぁ、寝よう!」っとふとんにくるまった瞬間、残尿感を催して、「朝まで持たん!」っと、判断される場合、すぐまたトイレに行かなあかんのん、オシッコ出ぇきってへんのんて、じゃまくさいわ~。

| | コメント (2)

ごはん粒

 生まれてから死ぬまでの間に、私は一体、何粒のごはん粒を食べるのだろうか?

| | コメント (1)

正座とお通夜・お葬式

 お通夜・お葬式で正座してて、足のしびれが限界で歩かれへんとき、お焼香の順番回ってきたら、苦しいわぁ。

 笑ったらあかんところで、足が笑っとる。

| | コメント (3)

正座と便意

 正座してて、足のしびれが限界で、歩かれへんとき、催して来たら、冷や汗出るわ。

| | コメント (1)