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2008年3月

賢明な選択

 彼は、友人に電話をかけた。

 「あ、もしもし、俺々!」

 「お~、久しぶり!」

 「久しぶり~。今、電話いいかな?忙しい?」

 「あ、ごめん!今ちょっと忙しくってさ、後でかけ直していいかな?」

 「いいよいいよ。何だか周りがワイワイと賑やかそうだね」

 「そうなんだよ。残り時間が少なくってさ」

 「あ、そうなの」

 「今ね、このまえオープンした和菓子屋さんの和菓子バイキングに来てるんだぁ」

 「へぇ~、そんなのあるんだぁ」

 「で、俺、今、もなか食ってる最中なんだ」

 「あ、そうなんだ。あ、ごめんごめん!残り時間少ないんだよね。じゃ、またあとで!」

 漢字が苦手な上に調べるのが大嫌いな彼が、漢字大好き人間の友人に電話をかけたことは賢明な選択だった。

 『今、何してる?』

 なんてメールを打って、

 『最中食ってる最中』

 なんて返信された日にゃ、一日中、悩みっ放しに悩まなければならないところだった。

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作品の重み

 世の中にある一つ一つの『作品』には、それを作った作家さんそれぞれの思いや魂とでも言うべき、何とも言えない『重み』がある。子供の作った作品には子供なりの、若者が作った作品には若者なりの、ベテランが作った作品にはベテランなりの、それぞれ『重み』がある。

 私は一時期、その『作品』の『重み』というものを、数値で知りたいと思い、毎朝欠かさず量ってみることに凝った時期がある。

 毎朝、便意を催してくると、ギリギリまで耐えて、体重計に乗って体重を量り、『作品』を世の中に『発表』してから、もう一度体重を量っていたという具合である。

 これを一・二週間続けてみたところ、あくまでも、私の場合であるが、平均200gぐらいの『作品』を『発表』できたときには、スッキリ感が得られ、充実感いっぱいに、その日のオープニングセレモニーを終えられたような気がする。

 もっとも、私の場合、わりとよく食べる方なので、前日200g以下だと、その翌日には、200g~400gの間の『作品』を『発表』させてもらわないと、納得のいくスッキリ感が得られず、少々残ってる感が嫌な感じであった。

 こんなことを友達に話したら、こういう答えが返ってくるだろうなぁと、いろいろ想定しつつ、「俺、一時期、毎朝『作品』の『重み』を量っていたことがある」なんて言ってみたことがある。そしたら、案の定、「お前、アホやろ!」と想定していた通りの答えが返ってきた。

 想定していた答えがそのまま返ってくるなんて、私には予知能力でもあるのか?と、一瞬勘違いしそうになった。

 ま、バカバカしいが、健康のバロメーターにはなっている。皆さんも、一度、お試しあれ!

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おいしいお冷や(1)

 何の下心もなく、たまたま入った喫茶店などの店員さんがとても愛想がいいと、お冷やもおいしく感じてしまう。ちょこちょこ飲んでは入れてもらってちょっとしゃべったり。次回、その店の近くへ来ることがあったら、是非また来ようなんて思ってしまう。

 で、行けるタイミングが来て、「あの店員さんいるかなぁ?」なんて、若干の下心を持って入ると、大概その日はいなかったりする。

 人生にはそういう法則みたいなものが、あるのかねぇ?

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地球温暖化現象(6)~動じない地球~

 ((*お時間ございましたら、『地球温暖化現象(1)(2)(3)(4)(5)』も、ご参照下さいませ。))

 隕石くんは、しばらく家に帰っていたが、ギンガーネットで地球くんの様子を検索していると、最近、また新たな症状が地球くんに出てきたということが分かり心配になり、地球くんを再び見舞うことにした。

 そしたら、案の定だった。周りの迷惑顧みず、車やバイク、自転車や歩行者もビュンビュン行きかう大きな道のまん真ん中で、立ち話に耽っているではないか!

 隕石くんは、地球くんに声を掛ける前に、先生に訊ねた。

 「先生!」

 「何だね?」

 「おそらく、先生にお伺いするまでもないとは思うのですが・・・・・・」

 「何だね?」

 「地球くんの、この症状って、その・・・・・・」

 「何だね?隕石くん、おそらく君の思っている通りだよ。言ってごらんなさい」

 「はい。彼のこの症状って、『地球、おばはん化?現象』ですか?」

 「正解!」

 隕石くんと先生は、立ち話に耽る地球くんたちに、軽くクラクションを鳴らそうかと思ったが、おばはん化した地球くんたちににらまれそうなので、そのまま引き返した。

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お風呂

 お風呂で、頭を洗い、身体を洗い、顔を洗い、一日の汚れを洗い流していると、ときどき、ふと思う。

 「心の汚れも、洗い流したいなぁ・・・・・・」

 洗い流すには、私の心は、少々、汚れすぎている。

 心の清らかな人に出会うと、ときどき、ふと、そう思う・・・・・・。

 自分で、こんなことを書いて、自分でツッコンでいると、終わらないので、寝ることにする。

 ・・・・・・

 おいおい、何となく、きれいにまとめたつもりになっているけれど、『ときどき、ふと思う』のは、お風呂に入っているときと、違いますのんか?!

 ほんで、『少々、汚れすぎている』って、ちょっとだけ汚れてんのか、かなり汚れてんのか、どっちやねん!って感じだなぁ。

 私には、きれいな文章は似合わない。心が少々汚れすぎているから・・・・・・。

 だから、どっちやねん!ちょっとだけなのか、とことんなのか・・・・・・。

 でも、そんな曖昧さだったり、ゆるい感じが、ほどよく聞こえたり、日常では普通に使われていたりする。契約や法律などの厳密性を求められる場面でない限り、けっこう私たちは、大まかな範囲で言葉をとらえていたりする。で、それで、お互いに通じるし、言わんとするニュアンスも理解し合えたりする。

 外国人の方が、カタコトの日本語を話されたら、少々間違っていても、こういうことを言いたいんだろうと、聞いている方は理解しようと努めるし、また、逆にこちらがカタコトの外国語を話したら、聞いている方が理解しようと努力して下さったりもする。

 母国語同士でしゃべっていても、そういう曖昧さはあるのだから、「文法!文法!」と、とかくそのように外国語を習ってきた世代も、厳密性を求めすぎずに、覚えた言葉は使ってみないと、相手の反応は分からない。

 間違えることは恥ずかしいことではない。恥ずかしがっていては、私なんて、年がら年中、赤面しっぱなしだ。

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地球温暖化現象(5)~熟年期の地球~

 ((*お時間ございましたら、『地球温暖化現象(1)(2)(3)(4)』も、ご参照下さいませ。))

 すっかり気持ちよく酔っ払ってしまった地球くんは、その後、何回も何回もトイレに行き、オシッコを繰り返した。吐くような悪酔いはしていなかったので、地球くんは上機嫌だった。

 「せやけど地球くん、ようそんなけオシッコ出まんなぁ」

 誰もが感心して、地球くんがトイレから帰ってくると労いの言葉を掛けた。

 「ほんまやで。オシッコ、ジャージャー、出しチャイナ!・・・・・・なんちゃって!」

 地球くんは、体調が戻ったんじゃないだろうかと思うくらい、親父ギャグ炸裂で上機嫌だった。しかし、地球くん自身は、

 「せやけど、温暖化が進むと、あちこちに影響してもてなぁ~。ほんま、ぶっちゃけた話、身体のあちこち、わやや!で。ほんまに・・・・・・。アヤヤ、ちゃうで!」

 と、今もなお体調不良で深刻な状況であることに変わりがないと、みんなに伝えていた。

 「地球くんの、温暖化の症状が深刻なのはよく分かるけど、君、そうやってダジャレを交じえて言うから、ほんまなんか、冗談なんか分かれへんところあるで!」

 「そう?ヘタなシャレはやめなシャレ!ってか?」

 「ほら、また!そういうこと言うやろぉ。せやから、説得力がなくなんねん」

 地球くんのダジャレは絶好調だった。

 「地球くん、リラックスして、血の巡りがようなってんねんやったら、今日はぐっすり寝れるんちゃうか。そろそろ寝たら」

 みんなもそろそろ地球くんのダジャレに疲れ始めていたので、地球くんに、そろそろ眠りにつくよう促した。

 「いや、俺さ、そろそろ寝たいんやけど、寝れないんですわ」

 「何で?」

 みんなはキョトンとして、地球くんに注目した。そしたら、

 「ふとんが、ふっとんだから~~なんてねぇ~!ドッヒャー!!」

 地球くんは、一人で大盛り上がりだった。みんなは、もう呆れて、

 「地球くん、君、親父か?」

 と、口々に訊ね始めた。

 隕石くんは、心配になり、先生に訊ねた。

 「先生、地球くんの親父ギャグとか、ダジャレが止まらなくなってきましたけども、だいじょうぶでしょうか?」

 「これは、相当、『地球、おっさん化?現象』が進んできとるなぁ。いかんなぁ~」

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私の配役

 このまえ、電車に乗ったときのこと。三~四人しか乗っていなかったので席は充分に空いていたが、長く乗らないし、乗り込んだ扉の向かい側の、閉まっている方の扉の前に立つことにした。言わば、向かいのホームがよく見える感じといった具合である。

 すると、ちょうどその向かいのホームに、おばあさんがこっちに向かって愛想よく手を振っている。「え?俺に?!」と思い、右左と車内を確認したけれど、どう考えても私に手を振っている。

 「このおばあさん、どっかで会ったっけ?」

 そんなことを思いながらも、私に会釈まで二回三回と深々とされるので、思わず私も会釈をした。

 声こそ発してはおられなかったが、口の動きが明らかに、「どっか行きはんのん?」だったので、私も声は発しなかったが、口を大きく「はい」と動かした。するとまたおばあさんは、声は出さずに「気つけて!」と大きく口を動かされ、「はい!」と会釈を返した。

 どう考えても、あのおばあさんを私は知らない。

 私は一体、誰の代わりに、あるいは誰役で、あのおばあさんと挨拶したのだろう?

 あのおばあさんの目には、きっと私は『○○さん』に映り、私も体裁よく会釈したので、私はその『○○さん』の面目も、一応保ったんだろうなぁなんて思ったりなんかしている。

 

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地球温暖化現象(4)~地球の循環機能~

 ((*お時間ございましたら、『地球温暖化現象(1)(2)(3)』も、ご参照下さいませ。))

 地球くんは、惑星や衛星、恒星など、たくさんの見舞い客のマッサージのおかげで、かなり緊張感もほぐれ、心身ともにリラックスしたような表情を浮かべていた。

 「あ~、何だか、ちょっと久しぶりに、軽く一杯飲みたくなってきたなぁ」

 地球くんがそうつぶやくと、隕石くんはちょうどお土産を持ってきてるよと、地球くんに差し出した。

 「いやぁ、体調の悪い地球くんに、お見舞いの品にお酒なんて持って来るのは、いかがなものかと悩みながらも、先が短いのなら、飲ませてあげようと持ってきたんだ」

 「おいおい、先が長いか短いかなんて、分かりませんがな。ま、ま、せやけど、ありがとう。せっかくやし、みんなで一杯づつ飲みましょうや」

 そうして、みんなで酒を酌み交わした。

 「いやぁ~、さすがに皆さんに充分なマッサージをしてもらったおかげで、血の巡りがごっついええのか、ものすごいお酒がよう回るわ。ほんま、これちょっと、自転のスピード半端やないわぁ。目回る、目回るわ」

 地球くんはそう言って、トイレに行こうと立ち上がるとよろめいた。

 「おいおい、地球くんだいじょうぶかぁ?」

 みんなは口々に地球くんに訊ね始めた。そして、地球くんがあまりによろめくもんだから、誰もが地球くんに、「酔っぱらってんの?」と聞いてしまう症状が出始めた。

 心配になって、隕石くんは先生に訊ねた。

 「先生、これも伝染病の一種ですか?」

 「そうだね。『地球、酔ったんか?現象』だね。いかんなぁ~」

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パイ

 「このパイおいしいね!」

 と言えば、洋菓子のパイを思い浮かべる。で、この類の表現だと、一般的に普通サイズとされる大きさのパイ、もしくは、一口サイズのパイをかじってみて感想を述べているような光景を思い浮かべる。

 で、もし、普通とされるサイズより、多少なりともデカいサイズのパイをかじってみたときに、同じくして「おいしい」と感じた場合はどうだろう?

 「このデカパイおいしいね!」

 と、なるのだろうか?

 デカいパイだから、『デカパイ』で別段問題はない。しかしながら、ことのほか、私は違うことを思い浮かべてしまう。

 では、数学でよく使われる、皆さんおなじみの『π』。「2π(にーパイ)」だの「3π(さんパイ)」だの言っているときは、特に何とも思わないが、うっかり「ππ」なんて書いていて、「パイパイ」なんて読んでしまうと、別段問題はないのだけれど、私は違うことを思い浮かべてしまう。

 また、この『π』の文字を、デカいサイズで書いて、やはり「デカパイ」と読む人がいた場合、やはり問題はないのだけれど、私は違うことを思い浮かべてしまう。

 ここまで思い浮かべたついでに申し上げるならば、女刑事(デカ)さんのおっぱいを短く表現するならば、やはり、「デカパイ」なのかなぁ?と、思ったりなんかする。大きさはどうであれ・・・・・・。

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ひざ枕

 「ひざ枕」と聞けば、人々はどのような絵を思い浮かべるのだろう?

 昭和レトロな感じで言えば、縁側でひなたぼっこしながら、旦那が女房のひざ枕で横になり、耳掃除をしてもらっているような絵。耳掃除の代わりに、風鈴の音色を聞きながら、女房にうちわでゆっくり扇いでもらっているような絵。

 あるいは、時代劇で言えば、銭形平次が火鉢のところで、これまた女房のひざ枕で横になり、耳掃除をしてもらっているような絵。

 だいたい、そんな感じだろうか。

 しかし、今、例に挙げた絵を、よくよく考えてみると、「これは『ひざ枕』ではなく、『太もも枕』なんじゃないのか?!」って、言いたくなってきたのである。

 つまり、ひざ枕を望むなら、この場合だと、女房には正座じゃなくて、足を伸ばしたまま座ってもらって、ひざの皿の上に頭を乗せさせてもらわないと、ひざ枕は成立しないではないか!

 「ひざ枕して!」と頼むのは、サラサラッと、あっさり感があるが、「太もも枕して!」と頼むのは、何となくピンク色な感じがする。

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地球温暖化現象(3)~地球への提言~

 ((*お時間ございましたら、『地球温暖化現象(1)(2)』も、ご参照下さいませ。))

 隕石くんは、やはり地球くんの病状が気になり、地球くんを再び見舞うことにした。銀河系を網羅しつくしているギンガーネットで、地球くんに役立つ情報はないものかと、いろいろと検索し、いろんなサイトで調べてみたものの、なかなかコレ!という決め手はなかった。しかし、地球くんを心配する声は、日に日にギンガーネットを賑わしていることだけは確かだった。

 隕石くんが、地球くんのところへ到着すると、地球くんを心配するたくさんの惑星や衛星、恒星の皆さんが、彼を見舞っていたのだった。

 「こんにちは、地球くん」

 「お~、隕石くん!こないだ来てくれたとこやのに、心配して、また来てくれたんかいな。いやぁ~遠いとこからすまんなぁ!」

 「いやいや、そんな」

 「皆さん、心配して来てくれたはんねんがな」

 「そら、心配するよ~。地球くんかなり温暖化で苦しんでる~って、ギンガーネットでいっぱい書き込みあるもん」

 「そうみたいやなぁ。でもなぁ、どうしたらええもんやら・・・・・・。先生らにも分からんみたいやわ」

 そして、隕石くんが見舞い客に一つの提案をしてみた。

 「みなさん、どうでしょう。地球くんの疲れをほぐして、自然治癒力が高まるように、みんなでマッサージしてみませんか?」

 みんな賛成だった。これだけ大勢なら、地球くんに充分なマッサージをしてあげられると、交代交代にマッサージを施した。

 あまりに大勢で、それぞれ顔を覚えていないため、途中から誰が既にマッサージをして、誰がまだマッサージをしていないのかが分からなくなってしまうような事態が頻発し始めた。そして、みんな口々に、

 「君、地球くん、マッサージしたったか?」

 と、聞き始めてしまうという症状の、『地球、揉んだんか?現象』が発生してしまった。

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プリプリ

 「プリプリ」と言えば、私たちの世代だと、学生時代のその当時、ヒット曲を連発していた女性バンド「プリンセスプリンセス」を思い浮かべたりする。

 それは明らかに略称としての「プリプリ」。木村拓哉を「キムタク」、チャゲ&飛鳥「チャゲアス」と言っているのと変わりない。

 でも、私が気になっている好きな表現の「プリプリ」は、「プリップリのえび」の「プリップリ」と、「プリップリのお尻」の「プリップリ」。

 言葉、表現としては同じであるが、その、弾力感、食感たるや、いかがなものかと気に掛かる。

 まったく同じなら、それで問題ないが、何かちょっと工夫したくなってしまう。

 「噛んだときの食感が、歯にまあるくまとわりつくように丸みを帯びたプリップリのえび」とか、「モッチリ、モチモチ、プリンッ!と張りのあるプリップリのお尻」とか。

 で、プリンセスプリンセスの話は、ことのほか、何ら関係なかったりする。

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地球温暖化現象(2)~地球の悲鳴~

 ((*お時間ございましたら、『地球温暖化現象(1)』も、ご参照下さいませ。))

 地球くんとの再会を終え、家に帰った隕石くんは、温暖化で体調を崩している地球くんのことが心配だった。

 「地球くん、だいじょうぶかなぁ?治るのかな?」

 そんな心配を毎日していると、隕石くんは、ちょくちょく地球くんの顔が頭によぎり、

 「お~い、隕石くん!助けてくれ~!」

 と、地球くんが呼んでいるんじゃないだろうかと思うようになり、近いうちにまたお見舞いに行こうと思っていた。

 日が経つにつれ、隕石くんの心配も、だんだんエスカレートしてきて、

 「お~い、隕石くん!助けてくれ~!」

 と、地球くんの顔が頭によぎっていただけのものが、地球くんの声が今呼んでいるかのように、耳鳴りするようになってしまった。これはいかんと、隕石くんは、地球くんを見舞いに行く前に、自分も病院で診てもらうことにした。

 「先生、どうでしょう?」

 「そうだねぇ、心労だねぇ」

 「新郎・新婦の、新郎ですか?」

 「これまた、ベタだね~、隕石くん」

 「すいません!」

 「心配する気持ちはよ~く分かるけれども、心配しすぎはよくないなぁ。冷たいこと言うようだけど、君が心配しすぎてもどうにもならないんだから。地球くんが今呼んでいるかのように、地球くんの声が耳鳴りするまで心配しちゃあなぁ、君の身体に毒だなぁ。いかんなぁ」

 「そうですねぇ。で、先生、私の症状はどういう・・・・・・?」

 「君のは典型的な『地球、呼んだんか?現象』だなぁ」

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もうちょっと小声で・・・

 このまえ、電車に乗っていたときのこと。二人掛けの進行方向に向かって座るタイプの席に座っていた。

 後ろの席に、おばちゃん二人が座られた。おばちゃんと言うより、お二人ともおばあちゃんな感じの声だった。

 ヒソヒソおしゃべりしておられるつもりのようだったが、わりとかん高いお声で、周りも静かだったこともあり、聞く気はなかったが聞こえてしまった。

 「前の人、座高高いねぇ」

 「ほんまやねぇ」

 ・・・・・・

 ほんまに、ほっといてくれですわ。

 映画とか、演芸とか、講演会とか見に来てて、遮ってるなら謝るが、窓の外の景色見るなら横でっしゃろ!?遮ってまへんやろ!?

 思わず、後ろ向いて、おばあちゃんたちに、

 「小・中学校時代、座高の高さ、学年一番で、身体測定のとき、僕の数値をみんな見に来て、『あ~よかった。助かった』って安心されてましてん!」

 って、言うたろかなぁって思ったけれど、さすがに言えなかった。それで、背中を丸くしてお尻の位置を前に出して、頭を引っ込めて、無言の抵抗をしてやった。

 「あ!?聞こえたぁってんわ」

 「ほんまやね。沈まはったわ」

 やて。

 すんまへんなぁ!

 それで、頃合いを見てもう一回浮上してやった。

 わしゃ、シンクロの選手か!モグラ叩きのモグラかっちゅうねん!

 自分でわざとやっててアホらしくなった。

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地球温暖化現象(1)~現在の地球~

 仕事の上で、引責辞任を強いられた隕石くん。突然お暇ができたので、久々に地球くんに会いに行くことにした。

 「せっかくだし、突然行って、ひざカックンして驚かしてやろう!」

 隕石くんは、そんなことを考えて旅に出た。

 「何年ぶりかなぁ。とにかく、久しぶりぶりだから、きっとびっくりするだろうなぁ」

 しかし、隕石くんは、行けども行けども、なかなか地球くんを見つけることができず困り始めていた。

 「あれ~、おかしいなぁ・・・・・・。そろそろ見つかるはずなのに、地球くんの姿が見当たらないなぁ。道間違えたのかな?」

 隕石くんは少々不安になりかけていたものの、記憶を頼りに、通りがかりの方々にいろいろ聞きながら、地球くんを探し回った。

 そして、ついに見つけた!幸い、隕石くんは地球くんの後ろ側に回り込めたので、予定通りひざカックンをお見舞いしてやることができた。

 「ぎゃっ!びっくりした~!」

 「オッス!地球くん!久しぶりぶり~!」

 「お~!誰かと思えば隕石くんやないか!もう、びっくりさせんといてくれや~。足腰弱っとんのに。せやけど、君、変わっとらんなぁ!」

 「そう?」

 「君、変わってへんがな~。この年齢なって、わざわざひざカックンするために後ろ側回り込む奴、君ぐらいやぞ!」

 「ハッハッハッ!なるほど」

 隕石くんと地球くんはどうにか再会することができた。そして、隕石くんが地球くんに訊ねてみた。

 「地球くん、君、昔はアイドル並みに輝いて、もっと青々してたから、探しやすかったけど、探しにくくなったねぇ」

 「そやろ。よう見つけてくれたなぁ」

 「通りがかりに道を聞きながら、最後、月でバニーガールのカッコしたうさぎの餅屋さんに聞いて、どうにか探し出せたよ」

 「あ~そうかいな。そら、すまんかったねぇ」

 「だけど、地球くん、だいじょうぶなの?体調悪そうだけど・・・・・・」

 「そやねん。先生に診てもろたら、『君、温暖化だいぶ進んどんなぁ』って言われてなぁ、体調悪いねん」

 「そうなんだぁ」

 「で、最近訪ねて来てくれはる方々皆さんが、どうやら僕を見つけにくいみたいで、僕を見つけたときに決まって、『地球くん、こんなとこにおったんか!』って言わはるんです、って先生に聞いたんや」

 「そしたら?」

 「そしたら、『地球おったんか現象が相当進んどる!』って言われてもたわ」

 

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たま

 『たま』と言う響きは、とても不思議な響きだなぁと思う。

 サザエさんの家のネコも『タマ』で、愛すべきキャラクターとともに、その響きも非常に心地よい。

 「偶然通りかかりましてん」などと言いたいときに、それを「たまたま通りかかりましてん」と言い換えても、「あ、そうなんだ」ぐらいのリアクションで、普通に聞き流せる普通の響きである。

 しかし、その『たまたま』を、ものすごく意味有り気に、ニヤッとしたような表情や雰囲気で言うと、口から発しただけの目には見えない言葉なのに、何だか急に、その言葉自体が球状に丸みを帯びだしてくる。

 ビリヤードのことをよく『玉突き』と言う。普通にサラッと「玉突き」と言う分にはビリヤードなのだが、これまたものすごく意味有り気に、ニヤッとしたような表情や雰囲気で言うと、男としては、木で小突かれたような感じで、何となく股間が痛くなるような感じになる。

 運動会でおなじみの『玉入れ』。普通にサラッと「玉入れ」と言う分には、子供たちが無邪気に紅白の玉をカゴの中に入れ合う定番プログラムなのだが、これまたものすごく意味有り気に、ニヤッとしたような表情や雰囲気で言うと、男としては、「一体大事な玉をどこに放り込まれるのだろう?・・・・・・」みたいな感じで、何となく股間を保護したくなるような不安がよぎってしまう。あるいは、男子児童たちが、無邪気に自分たちの『タマタマ』を引きちぎってカゴに向かって放り投げているような光景を思い浮かべたりなんかしてしまう。まさに、命がけの運動会。小学生の運動会にしては、迫力がありすぎる。

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卒業

 卒業式を終えた学生さんを見かけると、

 「学生生活、この子は完全燃焼で卒業できたのかなぁ?あるいは、不完全燃焼での卒業なのかなぁ?」

 ついついそんなことを思ってしまう。

 私の学生生活は、完全に不完全燃焼だった。『完全に不完全』とは、ちょっと変な響きに聞こえるかもしれないが、いまだその火がくすぶっている感がある。

 だからと言って、不完全燃焼の火がくすぶっているその時代に戻ってやり直せるわけもなく、今あるのは『現在(いま)』しかない。

 せめて、この世を卒業するときは、「完全燃焼した!」という気分で卒業したい。

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いい湯だな

 湯船にゆっくり浸かって、ボケ~ッとしていると、本当にのんびりできる。

 身体がぬくもって、血流がよくなってくると、自然と「あ~、ええあんばいやわ~。極楽極楽」なんて、ひとり言が出てしまう。

 そのまましばしの間のんびり浸かっていると、身体中リラックス感が漂い、眠気が出始める。

 ウトウト~・・・・・・ウトウト~・・・・・・っと、首をカクン、カクン、っとさせながら、頭の中では「ほんま極楽や~~」なんて思いながら、その揺れてる首の感覚を楽しんだりなんかする。

 そして、本当に眠りに入った瞬間!首がガクンッ!!と勢いよく倒れ、顔を湯船に、ボチャンッ!!とはめてしまい、溺れそうになったことが何度かある。

 「あ~、危なかった~。ほんまに極楽行ってまうとこやった・・・・・・」

 お湯に浸かりながら、冷や汗をかく。

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サザエさん一家

 まさに、長寿番組『サザエさん』。日曜日の夜、子供の頃は、ほぼ毎週見ていたような気がする。

 エンディング曲が終わるとき、サザエさん一家全員が、家に入って、家が弾んで、鍋のふたをトンカチで叩いたようなゴングみたいな音が鳴って、エンディング曲が終わる。その瞬間、子供の頃は、「あ~、日曜日が終わる。休みが終わる。明日から、また学校で勉強せなあかんのかぁ~」なんてよく思ったものだ。

 大人になってからも、年に何回かは見ている。やっぱり、エンディングで、サザエさん一家が家に入ると、おもしろいもので、「あ~、日曜日が終わる。休みが終わる。また、仕事かぁ~」なんて、子供の頃と同じような気持ちになる。

 サザエさんを見るときは何気なく見ているのだけれど、よくよく考えてみると、自分自身はというと、タラちゃんの年を抜き、ワカメちゃん、カツオくんの年も抜いている。そして、タラちゃんの年を考えてみると、サザエさんやマスオさんぐらいの年、あるいはそれを抜いているぐらいの年になっているのである。

 そんなことを考えていると、一瞬、ドキッ!としてしまった。

 で、ワカメちゃんや、カツオくんの年齢を考えてみると、フネさんや波平さんぐらいの年、あるいはそれを抜いていてもおかしくないのかぁ?なんて考えたときには、ウッ!というか、エッ!というか、ちょっと、ゾッ!とした。

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 街ですれ違う人。すれ違う車やバイク・自転車・バス・電車に乗っている人。見かけた飛行機や船に乗っている人。家やビルやその他の建物の中にいる人など、あらゆるケースをも含めて、自分の人生の中で、たとえ一瞬でも、視界に入ったとか、近くに存在したという理由で、「人生で出会った人」として含めると、私たちは、一体、生まれてから死ぬまでに、何人の人と出会うのだろう。

 上記のような縁だけで、終わってしまう出会いもあれば、知り合い、親しくなり、友達になる縁。恋人になる縁。夫婦になる縁。親戚になる縁。親子になる縁。祖父母になる縁。孫になる縁。先生と生徒になる縁。師弟関係になる縁。経営者と従業員になる縁。同僚になる縁。クラスメートになる縁。先輩になる縁。後輩になる縁。そして「交配」してしまう縁(笑)。まさに、言い出したらキリがないほど、いろんな縁がある。

 自分が生きている時代に、同じく地球上に生存し、面識を持つだけでもすごいことなのに、なおかつ、もっと「深い関係」になるということは本当にすごいことである。

 どうせなら、「不快関係」より、「歩快関係(快く歩みを共にするような関係)」を築きたいものである。

 しかしながら、悲しいかな、人間。欲と欲。我と我がぶつかってしまう。

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レトルトくん

 そこの家では、常温で保存できる食品類は、風通しのよい、直射日光の当たらないところに保存されていた。

 冬の寒い日。わりと長い期間、食べられずにいたので、すっかり仲良しになっていたレトルトパックのカレーくんとハヤシさんは世間話に花を咲かせていた。

 「せやけど、ハヤッさん、今日はまた、よう冷えますなぁ」

 「ほんまやねぇ」

 どちらも今年製造された、同い年生まれだったが、ハヤシさんの方が、早生まれだったので、学年が一年上ということもあり、カレーくんはハヤシさんに敬語を使っていた。

 「せやけど、ハヤッさん、こんな寒い日ぐらい、ちょっと湯に浸かりたいでんなぁ」

 「ほんまやねぇ」

 そんなことを話していると、ここの家の夫婦が帰ってきた。

 「お父さん、お昼はレトルトでいいですか?」

 「あぁ、何でもええよ!」

 「ちょうど、カレーとハヤシがあるんやけど、どっちしはります?」

 「ほんなら、ハヤシもらおか」

 「ほんまに、お父さんは、ハヤシの方が好きやねぇ。どっちする?って、いつ聞いたかて、ハヤシやもんねぇ。そう言うたら、初恋の人もハヤシさんだったとか言ってましたねぇ」

 「オイオイ、そんな昔の話で、囃し立てるなや~」

 「お父さんも、そんなオッサンギャグを言う年齢に、なったんやねぇ~」

 「そんな風に言うて欲しそうに、誘導しとんのん、あんたやないか!」

 夫婦はそんなたわいもない話をしながら、手を洗い、うがいをし、昼食を食べる準備をし始めた。

 奥さんは少しでも早く出来上がるように、湯沸かし器から熱いお湯をお鍋に入れて、さらに湯を沸かし始めた。そして、カレーくんとハヤシさんを持ち上げて、ササッと二つとも箱を開けた。

 「うわっ!このおばはん!何しやがんねん!服脱がしやがる!ハヤッさん、大丈夫でっか?!」

 「カレーくん!わしもあかんわ!」

 奥さんには聞こえない声で、カレーくんとハヤシさんはもがいていた。

 奥さんは、レトルトパックを二つとも、沸かし続けているお湯につけた。

 すると、水ではなく、あるていど、熱いお湯だったので、カレーくんとハヤシさんは、

 「熱い!熱い!熱いけど、ええあんばいやぁ~。ハヤッさん、どないでっか?」

 「いや~、お湯に浸かるて、ええもんやねぇ~。何かこう、ホッとするっちゅうかな、そんな感じやねぇ」

 しばらくの間、カレーくんとハヤシさんが、のんびりお湯に浸かっていると、ドアベルが鳴り、奥さんは「はい、はい~」と、その場を離れた。そこへ、入れ違いに主人がやって来た。すると、ほどなく、ハヤシさんが頭から持ち上げられた。

 「あっ!おっさん!何しやがんねん!気持ちよ~に湯に浸かっとんのに!あっ!ハヤッさん!!」

 カレーくんは必死に叫んだ!

 「カレーくん!タ、タ、助けてー!あーっ!」

 ハヤシさんも必死に叫んだ!

 「ハッ!ハヤッさーーーん!」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 カレーくんの見た光景は、あまりにも凄惨な光景だった。ハヤシさんは、頭を引きちぎられ、逆さまにされて、全身を絞るように、内臓を全部出されてしまった。

 するとそのとき、玄関の方から奥さんが大きい封筒を持ってきた。

 「お父さん、解剖学会から速達で何か着てますよ」

 「はいよ!」

 この主人は、解剖学者らしい・・・・・・。

 

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音の響き(B3)

 二回連続で、『ボイン』の話が続いているので、せっかくなので、『三回連続、ボイ~ン、ボイ~ン、ボイ~ン!』っと、『ボイン三部作(?)』にしようかなと思う。

 近頃では、すっかりテレビやラジオなどの影響もあって、『巨乳(きょにゅう)』という言い方が巷に定着している感があるが、言葉を発したときの、音の響きやその聞いた感じのインパクトは、やはり『ボイン』の方が、私個人としては、いいんじゃないかなぁ、と思っている。

 あくまでも、私個人の見解ではあるけれども、漢字で、『巨乳』と書くと、『きょにゅう』と読む人もいれば、『きょちち』と読む人もいる。実は、私も二十代前半まで、どう読んでいいのか分からなかった。

 『巨乳』と書くと、まぁ、おそらく、『巨大なお乳』ということなんだろうと想像はしているものの、『巨』という字が、どうもカクカクッ!と言うか、角ばっている感じがして、何だかコンクリートのかたまりのようなお乳のような感じに、私は受け取ってしまう。また、イースター島のモアイ像のようにも見えてしまい、何だかお乳の弾力感が損なわれてしまうように思う。

 しかし、『ボイン』の場合は、字がどうのこうのと言うよりも、その音の響きから、まさに『ボイ~~~ン!』と、迫力が伝わってくるし、脳や心臓に、ドワワワワァ~~~ン!と、何だかダイレクトに伝わってくる感じがする。イメージとしては、除夜の鐘のような響きだろうか?

 また、『きょにゅ~~~う!』とか、『きょにゅう~~~!』とか、伸ばして言ってみても、も一つ、空気に振動を与える感がなくて迫力がないけれど、『ボイ~~~ン!』と言えば、何だか、もっちゃり感があるし、ドッジボールの代わりに、丸めた毛布とか布団とか、あるいは、運動会の大玉ころがしの大きな玉を投げてこられたようなフンワリ感・やんわり感・弾力感がある。

 お尻にしても、『ケツ』っていう響きより、『しり』とか、例えて『もも』なんていう響きの方が、弾力感があってやわらかい感じがしていいと、私は思う。『桃尻』なんて言うと、頭の中にイメージもしやすいし、やわらかいものが残って、気持ちも丸くなるような気がする。

 ま、『ボイン』と言えば、やはり、月亭可朝さんの名曲『嘆きのボイン』が頭によぎるが、『桃』というか『お尻』の方は、何かインパクトのある名曲はないのだろうか?

 日常使う言葉の、その言葉が持つ、言葉の響き、音の響きも、大事にしていけたらなぁと思ったりもする。

 で、ここまで書いた文章を振り返ってみると、私は一体、何を力説しているんだ!と、首を傾(かし)げてしまう。

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ポインセチヤの花(B2)

 『ポインセチヤ』と言う花がある。

 花屋さんの前なんか通ったときなんかに、花屋さんの店員さんやお客さんが、たまたまその花の名前を言っているのに遭遇すると、私はそれを言っている人が、何だかおっぱい好きで、『あたしゃ、ボインフェチや!』って、主張しておられるように聞こえてしまうことがある。

 私が特別、『ボインフェチや!」と、主張しているわけではないけれど、ま、嫌いではない・・・・・・。『桃』も。

 やはり、普段からスケベェなことを考えていると、ちょっとしたことでたどり着くのは、スケベェな発想なのだろうか?

 自分では、『成人男性のごく一般的に標準的なスケベ具合の水準』をキープしていると思ってはいるのだが、こんなアホなことばっかり考えていると、ときどき自己嫌悪に陥ってしまうことがある。

 でも、思いついてしまうものは、仕方がない。

 『スケベェだもの』

 何だか、相田みつを風に終わってしまうみたいだが・・・・・・。

 

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風邪の流行(B1)

 横断歩道で信号を待っていたときのこと。私の他に数人おられた。

 その中に、一人派手なおばちゃんがおられた。そのおばちゃんのお知り合いのこれまた派手な感じのおばちゃんが横断歩道に来られて、先からおられたおばちゃんに声を掛けられた。

 「いやっ!奥さん!久しぶり~!元気にしたはったん?」

 「あ、久しぶり~!元気、元気!」

 こんな感じで、世間話を始められた。私も含めて周りの人たちも、聞く気はなくても、大っきな声でしゃべらはるので、聞こえてしまうという状態。

 「奥さん、ええのん着たはるやん」

 「いやいや、ちょっと派手やったかなぁ思てんねん」

 充分!充分!充分過ぎるぐらい派手でっせ~!って、たぶんそこに居合わせた人たちはみんなツッコミを入れたかったんちゃうかな~って、感じだった。

 「うぅ~ん、うぅ~ん、そんなことないよ~」

 そら、派手なもん同士やったら、派手やないやろうって、聞いてたらおもしろくなってきた。

 「ちょっとデザイン古いんちゃうかな?」

 「そんなことないよ~。充分、ナウいやん!」

 うわ~、久々に聞いたなぁ、『ナウい』やて~。何人か半笑いになっているのがこれまた笑けてくる。

 「そう?」

 「似合(お)てる、似合(お)てるよ。奥さんボインやし、ちょうどええやん!」

 うわ~、『ボイン』やて~。外で聞くのって久々やなぁ~。さすがに、僕は笑けてしまったので、両手で鼻と口を覆って、何度か咳払いをしてごまかした。そしたら、何人か同じように咳払いをし始めた。

 風邪って、ほんと、急に流行してしまうものなんだなぁ・・・・・・。

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反省

 私たちは、本や映画、テレビやラジオ、あるいは、仕事や日常で、共鳴したり、感動したり、また、反省したり、さまざまな反応を繰り返している。

 そして、そのときは、「絶対忘れへんぞ!」なんて思いながら、忘れやすい私たち。で、また失敗したりして、また、反省。

 日々、反省を繰り返しているうちに、気づけば自らの臨終のときを迎えているような気がする。

 仮に、百年生きたとしても、たかだか百年。人類の歴史や地球の歴史、あるいは、宇宙の歴史の長さから考えると、本当に右向いて、左向くぐらいの時間、あるいは、もっと短いかもしれない。

 人間一人の人生の時間なんて、本当に、「あっ!」と言う間に過ぎてしまうような気がする。

 いつ、どんな形で、終わるかも分からない、私たちの命。「一日一日、大切に過ごさないといけないなぁ」と、いつも反省している。

 で、まぁ、今日は、とりあえず、芋食て、屁こいて、寝ることにして、ま、明日から明日から。明日からでよいではないか、よいではないか・・・・・・。で、また反省。

 そしてまた、明日の私たちはと言えば、ま、ま、まぁ、明日から、明日から。明日からでよいではないか、よいではないか・・・・・・。で、また反省。

 ゆりかごから、墓場までの間には、あ~~れ~~と、反省しかないのか?

 

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タイムリーな名曲

 このまえ、いつも夜しか連絡が取れないお客さんのところへ、車の中から携帯電話で電話ををかけたときのこと。

 その日は、まだ間に合ってるからと、注文は頂けなかった。もう、時間も時間だったし、そのお客さんをその日の最終にしようと思っていたので、帰ることにした。

 で、キーを回して、車のエンジンをかけた。ラジオのスイッチはONのままになっていたので、当然エンジンと共に、ラジオも鳴り出した。

 すると、曲名は分からなかったが、ちょうどこれから曲が始まるところだったらしく、DJの方が、「・・・・・・聴いて下さい」と言っているところから、私は聴き始めた。

 アクセルを踏んで、車を走らせ始めたとき、流れてきた曲が、「蛍の光」だった。

 ものすごく、「今日一日の仕事が終わった!卒業だ!」みたいな感じがした。

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お昼

 そこの会社は、ワンマン社長のワンマン経営の会社だった。社長の言うことは絶対で、社長の一言ですべてが決まると言っても過言ではなかった。

 お昼ごはんにしてもそう。社長の「お昼にしようか」の一言がなければ、お昼ごはんにも行けなかった。いつも、その一言が出た瞬間、みんな「お昼行ってきま~す!」と、それぞれに食堂やレストランなどに出掛けてお昼タイムを迎えていた。

 しかし、今日は朝から社長はものすごくご機嫌が悪かった。

 「もう、まったく!おまえたち、何をやってるんだ!バカヤロー!今日は全員!昼、なしだぁー!分かったなぁ!!」

 最悪の展開だった。とてもじゃないが、晩まで何も食べずになんて無理だ。

 みんなは空腹に耐えながら、社長を怒らせないためにも、仕事に集中した。そして、あと一時間。何とか夕方まで、みんながんばってきた。

 そこへ、電話が鳴り、社員の一人が、電話を取った。

 「お電話ありがとうございます。○○商事でございます。・・・・・・はい、いつもお世話になっております。・・・・・・あっ、はい、私が△△でございます。あっ、こんにちは~!・・・・・・」

 彼は、何の変哲もない、一般的な電話応対をしていた。誰も何も疑う余地もなかった。しかし、社長はそこへカンシャクを起こしたのだった。

 「おいっ! △△!電話を切れ!電話を!」

 「はっ?はい?!」

 社員は、相手先に、後ほど電話をかけ直す旨を伝え、一旦電話を切ることにした。そして、社長のところへ駆け寄った。

 「社長、どうされましたでしょうか?」

 「どうされましたも、こうされましたもないだろう!」

 「はっ、はい?」

 「貴様、電話の相手に今なんて言ったんだ!」

 「え、ええぇっと・・・・・・」

 社員はキョトンだった。周りの社員もキョトンだった。社長が何を怒っているのか分からず、その行く末を見守っていた。すると、社長は再び怒鳴り散らし始めた!

 「貴様!今、『こんにちは』って言っただろう!」

 「はい!申しました!」

 「『こんにちは』ってのは、昼に使う挨拶言葉だろうが!」

 「はい!」

 「俺はさっき、『今日は全員!昼、なしだぁー!』って言っただろう!」

 「はい!」

 「って、ことは『昼』がないんだよ!バカヤロー!」

 社長のその一言で、世間が夕方であろうと、社員たちは全員、電話の応対、来客の応対には、「おはようございます!」と言い始めた。

  

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スカウト

 このまえ、ちょっとしたことで、利き手の右手薬指から肘にかけて、少しばかり筋を伸ばしてしまった。

 大したほどではなかったが、かなり痛かった。一週間ぐらい、力が入れにくくて、お箸も握りにくいし、字も書きにくかった。

 そのとき、ふと、「うわっ、今、大リーグとか日本のプロ野球とかのスカウトが来たら困るなぁ・・・・・・。ピッチングでけへんがな」なんて思ってしまった。

 僕という人間は、とことんおめでたい奴だなぁと、笑ってしまった。

 心配せんでも、来(け)えへん、来えへん。野球もやってへんのに・・・・・・。

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あの頃

 私たちが普段耳にする曲の中で、よく「あの頃」という言葉が出てくる。あの頃はどうだったとか、あの頃のあなたはどうだったとか、私はこうだったとか。はたまた、あの頃のようにどうしたい・こうしたいとか、バリエーションはいっぱいある。

 そして、私たちは、その曲の世界に感情移入できたり、その曲を聴くことで、それぞれにとっての「あの頃」を思い出す。

 しかし私は、ときどき、ほんと、ときどきだけなのではあるが、「あの頃」という言葉が少々耳障りに思える日には、その曲を唄っている歌い手さんや曲を作った人たちに、「今おっしゃってる、『あの頃』、って、いつのことですか?西暦何年の、明治・大正・昭和・平成など、元号で言うたら何年で、何月何日の何時・何分・何十秒、地球が何回まわったときぐらいのことですか?」なんて、駄々をこねて聞いてみたい気分になる。

 

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気分転換

 「何度言ったら分かるんだ!このバカ野郎!」

 もう、部長の怒りは最大限に達していた。ここまで怒られると、さすがにへこんでしまう。この調子で、長々と説教されると、ほんとに苦しい・・・・・・。

 「下ばっかり見てないで!俺の顔を見たらどうだ!このバカ野郎!」

 「はい!すいません!」

 これ以上怒らせて、血圧上がりすぎで倒れられても困るし、僕は部長の顔を見た。

 部長の鼻から、長~い鼻毛が、ピロ~ンと出ていた。

 僕は、怒られてることより、笑いをこらえることに苦しくなった。

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衣類

 一般的に私たちは、服にしろ、下着にしろ、男性は男性モノ、女性は女性モノ、の衣類を購入する。

 私たちは、何気なくその衣類を着ているけれども、もし、デザインや機能性云々の、男性モノ、女性モノという分類ではなく、その衣類自体に、オス・メスがあった場合、どんなことになるのだろう。

 男性モノの衣類は、実はメスで、女性モノの衣類が、オスだったら・・・・・・。当たる部位によっては、服や下着自身が興奮してしまって、その機能を果たさなくなってしまうような事態が起こってしまうんじゃないだろうか?

 つまり、服なら服、下着なら下着、としての仕事をしなくなってしまうんじゃないだろうかと心配してしまう。

 服や下着に言わせてみれば、こんなところだろうか?

 「そんなもん、仕事なんかしてられまっかいな!よすぎて!」

 って、何がよすぎるんや?!・・・・・・

 さすがに、書けません・・・・・・。

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